トップページ > 第62回神宮式年遷宮

  • □ 鎮地祭

    平成20年4月25日 新しい社殿の造営地で無事を祈る儀式で、一般にいう地鎮祭にあたる「鎮地祭」が執り行われました。

  • □ 御木曳行事-川曳-

    平成18年7月22日~7月30日 平成19年7月21日~7月29日 新社殿用の御用材を運ぶ「お木曳」の木をソリにのせ川をを曳く、川曳が行われました。

  • □ 御木曳行事-陸曳-

    平成18年5月5日~6月4日 平成19年5月4日~6月3日 新社殿用の御用材を運ぶ「お木曳」の木を奉曳車に乗せ曳く、陸曳が行われました。

  • □ 御木曳初式

    平成18年4月12日 20年のうち2年間だけ行われる御木曳のはじまりを告げる「御木曳初式」が行われた。

  • □ 御船代祭

    平成17年6月9日 両正宮および別宮の御樋代を納める御船代(船の形をしている。)の用材を切り出すにあたり行われる儀式「御船代祭」が執り行われました。

  • □ 御樋代木奉曳式

    平成17年6月9日 木曽から切り出された御樋代木(両宮とも予備2本を含む。)を伊勢到着後両宮境内五丈殿まで運び入れる儀式「御樋代木奉曳式」が執り行われました。

  • □ 御杣始祭

    平成17年6月3日 御樋代(御神体を納める容器)にする木を切り出す行事「御杣始祭」が執り行われました。

  • □ 木本祭

    平成17年5月2日 心御柱(しんのみはしら)にする木を切り出す前に、その木の神を祭る儀式「木本祭」が執り行われました。

  • □ 山口祭

    平成17年5月2日 遷宮の最初の行事。用材を切り出す御杣山の山口にある神を祭る「山口祭」が執り行われました。

  • □ 神宮式年造営庁

    2005年、1月1日。この日から式年遷宮の準備が本格的に行われることとなった。 神宮司庁内に「神宮式年造営庁」が設置されたのだ。これは2013年に行われる第62回神宮式年遷宮の準備をとり進める執行機関で、前年の天皇陛下の御聴許をうけて設置されていた「神宮式年遷宮準備委員会」の答申に基づいたもの。

  • □ 古代日本人の自然観・生命観を表わす遷宮

    宇津野金彦氏(神宮司庁山田工作場技師)
    御造営工事の進捗に伴い、上棟祭などさまざまな遷宮諸祭に関与する機会に恵まれました。古代以来の伝統にふれるたびに、自分自身が不思議な感覚を抱いたんですけど、それ以上に、遷御の翌朝、新殿と古い御殿が並び建つ姿を見たときに、「遷宮って何だろう。何でこんなことをするのだろう」という非常に素朴な疑問を抱いたことを鮮明に覚えています。
    そういった疑問に、自分なりに答えを探そうと、いろいろ調べたり、勉強をさせてもらいました。建築の分野だけでなく宗教学、考古学、歴史学、文学などいろいろ多方面の文献資料を調べて、そこから出た答えが、「遷宮とは、古代日本人の自然観、生命観の建築的・宗教的な表現である」というものです。

  • □ 遷宮を自分たちの祭りにした町衆

    御木曳は、もともとはその地に住んでいる人が、夫役という税の一つとしてすることになっていた、だんだんできなくなり、心ある人が奉仕するかたちに変わっていった。
    その御木曳で最も大事な木は、初曳と呼んで曳いた。古くは、棟持柱や御扉などにする大きな材がもっとも大事なものとされていた。しかし、そういう大きな材よりは、ご神体に近い材の方が大事だという意識がだんだん強くなり、最初に曳かれる木として御樋代木(みひしろぎ)が注目された。そして、いろんな町が参加して木を曳くようになった。
    天照大御神は太陽の神ですから、すべてを照らしてよくご覧になる。みんなが喜んで御木曳をして、御社殿を建てていたら、気持ちよくそこに住まわしてもらおうという気になる。天照大御神が気持ちよく住んでいただくと、あと20年間は安泰だという思いがあったわけである。だから江戸時代の人たちは、御木曳を自分たちの祭りとして、それぞれの町で競い合って参加した。

  • □ つなげていきたい遷宮への思い

    信仰というのは、非常に大事だと思う。いくら立派な御社殿を建てても、その信仰がなくなってしまえば心は通わない。伊勢神宮は、私幣禁断であった。しかし、天皇ご自身も、自分のことを祈るわけではなく、天下泰平、五穀豊穣、子孫繁栄をお祈りされるわけです。
    私達も、お互いの気持ちの中で、式年遷宮とは何か、そのために伊勢の人びとがどんなに感謝して喜んで参加してきたか、そういう思いをつなげていければと思うのである。

  • □ 川端町(陸曳)

  • □ 楠部町(川曳)